「世界の片隅で、ムリとつぶやく」

やすおはセーブもせずに、ゲームキューブの電源をたたき切った。 
20時間かけて育てた彼のピクミン軍団は、火を吹く原生動物に蹴散らされ、惨めな大敗をきっした。

「ビデオ返さねーとな、焼酎も切れたし…」

彼は重い腰を上げた。
下らないビデオはやたら借りるくせに、延滞料金はビタ一文払いたくないのだ。
外は鳥が鳴き、白みはじめていた。
前日東京は39.5℃の記録的猛暑だった。
その異常な熱気は未だおさまらず、
ゴミ置き場から竜巻のような残飯臭をたちのぼらせていた。
 この何ヶ月かやすおはろくに仕事もせず、引きこもっていた。
自宅とコンビニとビデオ屋の間に三角の結界がはられ、
彼はそこから出る事ができなかった。
ビデオ屋はゲームソフト屋とスナック菓子屋を兼ねており、
無気力なおやじに空疎な娯楽を、24時間体制で提供していた。
ビデオを効率的に借りるには、ちょっとしたコツがあった。
ビデオ屋の日付は早朝5時に変わる。
なので4時50分ごろ返却に行き、5時を過ぎてから次のを借りるのだ。
すると新たに借りた分は返却日が丸一日延びる。
同じ事を考える人がいるらしく、その時間ビデオ屋は若干客が増えた。
そして平日の早朝そんな事をしているのは、ロクでもなさそうなのばかりだった。
 老猫がとけたアイスクリームのようにねそべっている。
手をさしのべようとすると、迷惑そうな顔でチラッと見て、
だるそうに民家の茂みに消えて行った。
最後の力をふりしぼっても、この役立たずにはなでられたくなかったものと見える。
「チッ」やすおは小さく舌打ちし、焼酎の蓋をひねった。

 その日は結界を出なくてはならない予定があった。
午後3時に都心で仕事の打ち合わせがあるのだ。
狂暴な真昼の外光や、込んだ電車を想像すると、今からウンザリする。
「少し寝とくか」やすおは酒瓶とコップを持って、ノロノロと寝床に向かった。

寝室…というか四畳程の納戸は床が板張りで、そこに煮しめたような布団が無造作に敷いてある。
注いだ焼酎を飲みきらないうちに、やすおはだらしなく眠りこんだ。

  やさぐれた商店街、
バラックの料理屋のカウンターに、
やすおが座っている。
目つきの悪い料理人が、
金だらいから褐色の魚をとりだした。
ウツボのような
サンショウウオのような魚、
両生類のようでもある。
前後双方にずんぐりした頭があり、
料理人はナタのような包丁で、
その頭を二つともたたき切った。
黒く濁った血が、
不潔な割烹着に飛び散る。
ぬろぬろとまだうねくる胴体を、
料理人は乱雑にさばいていった。

「なんて魚ですか?」
「さあねえ、ニューギニア産だとよ」
「にぎりますか…それ」
「あぁ?寿司は嫌いかね?」
「いえ…、
しかしなんなんでしょうね、
この暑さは」
「あー…、まともじゃねーな」

  銀蠅がブンブンうなり、
ゼラチン質の切り身や内臓が、
融けながらすし飯にしみこんでいく。

…ピ…ピピ…… ピ・ピ…ピ…ピピ……

「何の音ですか?」
料理人はちょっと笑って、
あごをしゃくった。
切り落とされた二つの頭が、
小さなあぶくを吐きながら
鳴いていた。

ピ……ピ…ピピ……ピ…

汗だくで目覚めると、納戸には同じ音が鳴っていた。
部屋は蒸し風呂のような暑さで、とっさに何の音だか解らない。
遮光カーテンの隙間からは強い光、もうだいぶ陽が高いようだ。
ピピ…… ピ・ピ……
それはエアコンの電子音だった。
リモコンで操作した時鳴る音だが、
なぜ勝手に鳴り続けているのか解らない。
リモコンを確認すると「暖房」に切りかわっていた。
「あぁ?なんでだ!?」
激しい憤怒にかられながら「冷房」に戻す。
「へー、まだ10時だよ…」
ゴロンと横になるとまた電子音がして、熱風が吹き出る。
イカれたリモコンが、勝手に設定を変えまくっているようだ。
「あ゛−、わけがわからん…」
説明書を探しに行くが見つからない。業者に電話して症状を言うと、
「一度電池をぬいて、10秒間停止ボタンを押し続け、もう一度入れてみて下さい。」とのこと。
そのとおりにすると、表示が正常に戻り、冷風が吹き出した。
「やれやれ、まだ何時間か寝られるな」
コップに残った焼酎をあけると、心地よい冷風の中うとうとしはじめた。

…………ピ…ピピ…

「いったんは直ったんですけどまたピッピピッピ言って、熱風吹きまくってるんですけどねえ」
「リモコンの表示はどうなってます?」
「あー7時、とか出てます。タイマーも入れてくれたみたいですね」
「あー、そうなるとやはり修理が必要ですねえ」
「そーですか…じゃー明日来て下さい」
「いや、今修理がたてこんでまして…」
「じゃー、なるべく早く」
「そうですねえ…、じゃあ二週間後の水曜に」
「二週間……」
 この猛暑の中、二週間もピッピピッピやられた日には、
やすおは彼自身想像もつかないような人格に変貌して、
社会にご迷惑をかけることにもなりかねない。

 1時半やすおは打ち合わせに向かうため、マンションを出た。
二日酔い…、というかさっきまで飲んでたのでゲップが焼酎臭い。
とほうもない熱気と光でめまいがする。
それでも勇気をふりしぼり100mほど進むが、今度は下っ腹が痛みだした。
持病のゲリだ。
「・・・・・・・・ムリ」
そうつぶやくとやすおはきびすを返し、
チョコチョコと内股ぎみに帰って行った。

                     - 完 -